腹話術伝道の学び

No.17「志と行い」

「神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行わせてく ださるのです。すべてのことを、つぶやかず、疑わずに行ないなさい。」

ピリピ2:13,14

「初心忘るべからず」ということばがありますが、腹話術の世界もそれが重要だと思わされま す。前回は、「技と心では、心が土台である」ことを話しましたが、今回は、ゴスペル腹話術を 志す場合、この「技」と「心」は別々なものではないということをお話したいと思います。ヤコ ブの手紙に「行いのない信仰は死んでいるのです」(2:26)とありますが、これを腹話術に 適用してみると、「私には信仰があるから、練習しなくても、あまり奉仕しなくても、神様に喜 ばれている腹話術師です」ということはありえません。もちろん、そこまで言う人はいないかも しれませんが、「私は神様のお役に立ちたくて、腹話術を学びました」と言いながら、いっこう に練習に身が入らず、奉仕も消極的で、準備も切羽詰まらないと出来ないという方は、案外多い のではないでしょうか。今日は、少々辛口ですが、この問題を神様の前に差し出して、心を探ら れたいと願います。

あなたは、腹話術を神様からいただいた賜物だと信じていますか?

腹話術を習いたいと願った時、あなたは神様に祈りましたか?そして、時間もお金も環境も神 様によって備えられたと受け止めていますか?もし、そうであるなら、実際に習ってから、どの ように腹話術に取り組んできたかを振り返ってみてください。「実際に学んでみたら、私には向 いていないとわかった」なら、それはそれで結構だと思います。あなたには他の賜物が与えられ ているに違いありません。けれども、「やればやれないことはないし、興味はあるけれど、なぜ か積極的になれない」という方は、何かが問題なのに違いありません。(もちろん、健康や家族 の問題で主に止められている方は別ですが。)

あなたは、腹話術で主に仕えることを、生活の中で優先していますか?

神様は、一人ひとりにタラントを与えており、その数は人によって違います。しかし、それは それぞれの管理運用能力によってであり、その能力も神様からの賜物なのです(「タラントのた とえ」マタイ25:14~30参照)。とすれば、1タラントの人は1タラント、5タラントの 人は5タラント、主から預かったものを全部用いて、主のために働くことが“忠実”であることの しるしです。あなたが、「やろうと思えばできる」環境、健康状態であるのに、他のことを優先 してしまうために出来ないとすれば、主のために腹話術を聖別し、優先するという努力が必要で しょう。賜物はいただいているだけでは役に立ちません。用いてこそ意味があるものです。そし て、用いるためには、そのために“生活を変える”決断をしなければならないのです。言わば「献 身」です。

「まだ上手ではないから奉仕ができない」と考えていませんか?

 腹話術は人前で演じながら上手くなっていくものです。どんなにセミナーに通っても、他人の 演技を観ても、自分自身で実際に演じるということなしには、上達することはできません。「上 手くなったらやる」のではなく「上手くなるためにやらせていただく」というへりくだった姿勢 で、実演奉仕の場を求めてください。そうすれば主が必ずあなたを成長させてくださるのです。

「人間は怠け者だ」ということを心得ていますか?

これぞ、人間の堕落した性質です。主イエス様を信じて神の子とされた私たちであっても、古 い肉の性質は残っています。サタンは神の子が神様のために忠実に仕え、信仰の喜びを味わうこ とをとても嫌っています。そこで、何とかして、私たちの弱さに働きかけようとするのです。私 たちが、怠惰になり、祈りも練習もしないで、腹話術という良き賜物の力を発揮できないなら、 陰で一番喜んでいるのはサタンです。そして、一番悲しんでおられるのは賜物をくださった神様 ご自身です。私たちは、自分がいかに怠け者で、弱い存在であるかを肝に銘じておかなければな りません。腹話術をもって主の栄光を現わしたいなら、この古い性質と戦わなければならないの です。クリスチャンは、何事をするにも「みことばと祈りの力」によらなければ、主のために生 きることはできません。そのために、日々神様に近づきましょう。そうすれば、神様も近づいて くださいます。(ヤコブ4:8参照)

2012年11月9日

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