腹話術伝道の学び

No.26「生きた会話」

「神である主は土地のちりで人を形造り、その鼻にいのちの息を吹き込 まれた。そこで人は生きものとなった。」

創世記2章7節

腹話術には台本があって、それを暗記して演技するものであり、そのため には、表現における技術が必要です。けれども、どんなに「間」とか「リ ズム」とか「フレーズ」に気を付けましょうと言われても、実際には、な かなか思うようにいきません。どうしても、暗記した台詞を忘れないよう に「次の台詞はなんだっけ」と頭の中で考えながら語ってしまうのではな いでしょうか。そのために、会話であるはずの話が棒読み調になったり、 人形の動きが止まったり、術者と人形の目線がしっかり聴衆に向けられ なかったり、と色々不自然なことが起こります。そこで、今回は、どうし たら人形との会話が「生きた(いのちの通った)ことば」になるのかを 考えてみましょう。(台本は完璧に覚えられたことを前提にしていること にご注意を!)

人形にいのちを与える

私たち人間は、創造主の神様に造られ、神様に「いのちの息」を吹き込 まれて生きものとなりました。罪によって、霊は死んでいましたが、キリ ストを信じることにより、新しく聖霊が注がれ、神の子どもとして生きる ものとされました。その原理を、腹話術において「芸術」として適用する ことができるのです。すなわち、人形にいのちの息を吹き込むのは、術者 であるあなただということです。パペットを製作したのは、他の人かもし れませんが、そのパペットを生かすのは、あなたにしかできません。あな たの隣にいる人形は、ただのパペットではありません。また、お話する 人形でもありません。〇〇ちゃんという一人格なのです。それは確かに錯 覚のようではありますが、術者本人がそう思えなければ、ましてや聴衆が そう思えるはずはありません。いつも繰り返し言いますが、腹話術は一 人二役の芸術です。演じるのは一人でも、隣にもう一人〇〇ちゃんが存在 しているのです。その〇〇ちゃんは、現実に生きています。見て、聞い て、考えたり、感じたりして、その結果お話しているわけです。ですか ら、術者は、自分自身を生きながら、同時に人形の立場に立って、聞き、 考え、感じ、話さなければなりません。これはすごく難しいことのようで すが、神様は人間に、それができる能力を与えておられます。

台本を忘れて台詞を語る

あなたにはすでに台本作成という力が与えられ、完成しました。そして繰 り返し練習して覚えることもできました。次には、それを「生きた会話」 として語り始めるのです。「語る」という段階に入ったときには、もう台 本は消えています。この点をよく覚えてください。腹話術は何かの物語の 朗読ではありません。あくまでも会話なのです。聴衆の前に立ったその時 に、術者と人形は初めて語り合うのです。まずは、話し始める前の心の状 態があり、それから話題が提示され、興味を持ち、内容に引き込まれてい き、考え、感じ、反応する・・・そのプロセスに聴衆も引き込まれていく わけです。そのライブ感、臨場感を一番大切にしてください。そうすれ ば、語り口や、間やリズムなどは必然的に導き出されてくるのです。

その子らしく語る

腹話術をしていて、おもしろいことに気が付いたのですが、同じ台本を演 じる場合でも、術者と人形によって、全然違ったものになるということで す。それは、当然演じる人が違い、人形が違えば、声も語り口も違ってく るわけですが、そこにこそ、世界でたった一つの腹話術の世界を造り出す ことのできる可能性が秘められているのです。つまり、あなたの造ったキ ャラクターはあなたによって、非常にユニークに「創作された存在」です から、年齢、性格はもちろん、考え方、感じ方、話し方もすべて個性があ るのです。その個性を十分に発揮して、台詞をしゃべってみてください。 そうすると、同じ「うん」や「はい」でも、その語調によって、大分意味 が違ってくるのです。その「ことばに含まれた心の深み」こ そ、見えないけれども聴衆に何かを訴える力となります。

2013年11月22日

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