腹話術伝道の学び

No.30「なぜ人形(パペット)を使うのか」

- 腹話術の限界 -

「その上に、主の霊がとどまる。それは知恵と悟りの霊、はかりごとと能力の霊、主を知る知識と主を恐れる霊である。」

イザヤ書11章2節

前回は、腹話術でメッセージを語ることには特別な効果がある、という ことについて学びました。今回は、その反対に、腹話術を使うことの限 界について考えたいと思います。何事にも、プラスとマイナスがあるもの ですが、腹話術にもマイナス面があることを認めなくてはなりません。そ うすることで、腹話術に対する情熱が覚めてしまったり、もっと効果的に という努力を放棄してしまうことにはならないと思うからです。腹話術と は神様からの賜物です。もし、福音を語り、主を証しするためにさほど役 立たないものであるなら、神様は最初からそのようなものを賜物として与 えなかったはずです。むしろ、腹話術を用いて主に仕えることが、人間の 想像を超えてむずかしいと発見した時こそ、私たちはへりくだって自力に 頼ることをやめ、ただ主に頼ることを始めることでしょう。人間の限界を 知ることこそ、創造主の知恵と力をいただく近道なのです。

それでは、腹話術でメッセージを語る時の限界について、いくつか具体的 にあげてみます。

エンターテイメントだという先入観がある

私たちクリスチャンが真面目に人形をもって福音を伝えようとする時、必 ずぶつかる問題は、観客の腹話術に対する先入観です。日本の現状では、 腹話術と聞くと、婦人警官の交通安全、老人ホームなどのボランティア、 寄席芸、などを思い浮かべるようです。ですから、「ゴスペル腹話術」と 言っても、「聖書の話をおもしろおかしく演じるのだろう」と勝手に想像 するわけです。そのような思いをもっている観客に対して、本気で、しか も霊的に、メッセージを語るということは至難のわざとしかいいようが ありません。けれども術者は人の目を気にすることなく、あくまでも 「神に語れと言われたことを語る」という強い信仰で臨みたいものです。

メッセージがダイレクトに届かない

腹話術は術者、人形、観客の三角関係で、話が間接的になり、カウンセ リング効果がある、と前回は学びました。しかし、このことが、いざ福音 をまっすぐに、はっきりと提示したい時には、マイナスに響くことにもな ります。一番言いたいことが、やんわりとしすぎて、率直に伝えることが できないのです。これは、人形との会話であるがゆえの、もどかしさで す。

霊的鋭さに欠ける

これは、話の題材が聖書である時、よく見られることですが、どうしても 聖書のアウトラインに沿って話を構成してしまうために、単なる解説にな ってしまうことがあります。特にたとえ話などは、その典型です。「楽し いお話」だけれども、魂に届く霊的なメッセージが語られていない、とい うことが多いのです。この弱さを補うためには、話のポイントごとに適用 を入れていく台本を研究することが必要です。

以上のように、腹話術には限界がありますが、それでも、この限界を補 う道はいくつか考えられます。

  • お話を腹話術だけで完結しようと思わないことです。必ず、腹話術の 後、素話で、ショートメッセージや証しを加えると、非常に効果がありま す。これは、腹話術をした本人が語るのが一番で、最後のお祈りまでする ことがベストです。そうすると、聖霊が導かれる時には、信仰の決心を促 すことさえできる場合があるのです。
  • 自分には腹話術だけしかできないと思われる人は、その後に語る牧師 や伝道師の方とよく内容の打ち合わせをしましょう。腹話術の後に語る メッセンジャーが話をうまくつなげてくだされば、ポイントが強調されま す。
  • 司会者との打ち合わせと祈りは非常に大切です。司会者が腹話術をど う紹介し、その後をどうまとめるかによって、話が生きたり死んだりして しまいます。司会者の霊性のためにも祈りましょう。
  • 腹話術の前後のプログラムを確認してください。集会の目 的に沿った内容、時間配分などは、スタッフ全員で考えます。
2014年4月25日

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