腹話術伝道の学び

No.37「恵みを数えつつ」

「わがたましいよ。主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。」

詩篇103篇2節

私たちクリスチャンは、腹話術を主から与えられた賜物として受け止め、奉仕は、神と人とに仕 えることとして位置付けていると思います。ところが、実際の奉仕生活を振り返ると、案外その ように考えているとは思えないような行動をとることがあります。確かに、腹話術の奉仕の前に は、それなりに、準備のために努力するでしょうし(台本を書き、覚え、人形操作を考えたり、 練習したり…)、主の助けを求めてお祈りしているかもしれませんが、いざ演技が終わる と、「ああ、やっと終わった!」とほっとしてしまい、あれこれ胸に去来するものがあっても、 「とにかく終わったのだから、忘れよう」と、すべてを放り出して、次のなすべきことにとりか かってしまう・・・といったことがあるのではないでしょうか。つまり、「奉仕の後始末」が大 変不十分なのです。これを飛行機で空を飛んでいくことにたとえれば、「着陸の仕方」が悪い し、「その後の整備」がほとんどなされていない、といった状態であると言えましょう。そこ で、今日は、「主にある奉仕の終わり方」について、様々な経験からいくつか、お分かちしたい と思います。

祈る

もし、みなさんが奉仕した集会が、教会主催であれば、集会が終わったあと、関係者で感謝の祈 りの時をもつことが多いかもしれませんが、それだけでは十分ではありません。家に帰って、自 分ひとりで、神様の前に出ることが必要なのです。まずは、腹話術を与え、この奉仕の場を与え てくださったことに感謝。準備期間を守ってくださったことに感謝。実演が守られたことも感 謝。すべては、神様から与えられた恵みなのですから、それゆえに主をほめたたえることが一番 です。そして、腹話術を通して伝えられた主の愛(みことば)が、聖霊によって参加者一人ひと りの魂に留まりますように、と祈ります。また、集会のために労された方々の祝福のためにもと りなします。それから、自分自身、何か反省すべきことがあれば、悔い改めたり、今後の知恵を 求めたり・・・とにかく、主との時間をしっかりとることが大事なのです。

記録する

みなさんは、腹話術を始めた当初から、「奉仕記録」なるものを作るように勧められたと思いま すが、これは、大変貴重な記録です。このノートには、いつ、どこで、どんな集会で、何を、何 分くらいやったか。そして、反応はどうであったか。感謝なこと、うまくいったこと、失敗した こと、今後の課題、など・・・簡潔に記録しておくことです。これは、単に、奉仕回数の励みに するためではなく、自分自身の成長記録でもありますし、神様の恵みの足跡とでもいうべきもの となるでしょう。不思議なことに、これがあると、10年後、20年後でも、当日の様子が目に 浮かぶようにリアルに迫ってきます。そして改めて、腹話術のすばらしさや、神様の恵みがどこ にあったかを思うことができるのです。

証しする(分かち合う)

クリスチャンであることのすばらしさは、神様から受けた恵みを、他人と分かち合うことができ るということです。同じ腹話術仲間はもちろんのこと、そうでない人々にも、腹話術奉仕を通し て神様から受けた恵みは、進んで分かち合いましょう。恵みは、証しすればするほど、大きくなり、聞く人々の魂を主に向け、共に主をほめたたえることができるのです。まずは、個人的にで も、スモールグループでも結構ですし、教会の皆さんの前で語らせていただく機会があれば、そ れも感謝なことです。あるいは、教会の機関誌に文章として載せていただくというようなことも あるかもしれません。とにかく、神様から受けたものは、自分の心の中にしまっておかないで、 できるだけ公にすることです。それは、決して己のわざを誇っていることにはなりません。むし ろ、「こんな罪人であった私が、イエス様を信じて救われ、その上、腹話術という良き賜物をい ただいて、神と人とに仕える機会を与えていただきました。その経験を通して、私は神様をさら に知り、自分を知り、ますます主に近くされました」と証しすることが、主が良くしてくださっ たことを忘れず、恵みを数え、主に栄光を帰することになるのです。

 

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