腹話術伝道の学び

No.55「表現力を身につけるために ―感情移入の問題―」

「喜んでいる者たちとともに喜び、泣いている者たちとともに泣きなさい。」

ローマ人への手紙12章15節

皆さんは、腹話術を演じ終えてから、観客からどんなことばをかけられた時が、一番うれしいですか。「良かった」「おもしろかった」「子どもにうけていた」などでしょうか。あるいは「話が分かりやすかった」などでしょうか。それぞれ、実演した者としては、励まされる感想だと思います。皆さんが「この話はあくまでもメッセージだ」と思って語ったなら、さらに深いコメント「今日は教えられた」などが欲しいかもしれません。

今回は、腹話術の表現力について焦点をあてていますので、その点からすると「人形にまるで人格があるようですね」というコメントが一番うれしいと思います。私自身、昔、ある教会で「神さまは、人形にいのちを吹き込むことをおゆるしになったのですね」と言われ、大変厳粛な思いにさせられたものです。そうです。「人形は生きている」のです。そうでなくては腹話術になりません。

私たちは、今まで、人形の声の出し方や台本の書き方から、人形操作にいたるまで、繰り返し、色々な角度から学んできました。それでも、なかなか成長できないなあと悩んでいる方々の問題を客観的に分析してみると、一番むずかしいのが「感情移入」だということに気が付きます。どんなに、いい声が出ても、台本が良くできても、最後には、それをどう表現するか、という課題があるのです。そこで、今回は、人形も術者もいかに生き生きと表情豊かに演じることができるか―ということについて、いくつかポイントをあげてみましょう。

演技が自然に見えるために

皆さんは、テレビドラマなどを観ていて、「この役者はすごくうまい」と感じる時があると思います。その時は、その役者が登場人物になりきっていて、ぎこちなく“演じている”気がしないので、観ている私たちも、ドラマに引き込まれ、一緒に涙したり、笑ったりしてしまうのです。皆さんは、役者さんが、それほどに自然に演じられるまで、どれほど脚本を読み込み(単なる暗記を超えて)、試行錯誤し、けいこを重ねているかを考えたことがありますか。もちろん、彼らにとっての演劇の位置づけや、人生観などは、それぞれでしょうが、まずは、私たちも、彼らの姿勢から学ぶ必要があると思います。私たちは神さまからゆだねられた腹話術という賜物を、神さまの栄光のためにささげようとしているのではありませんか。それならば、なおさら、真剣に祈り、台本を書き、出来上がった話をいかに表現したらよいか、内容に没頭して練習に励むべきでしょう。

人形が自分で感じ、語り、動く

この点については、これまでも繰り返し論じてきましたが、人形にも心がありますから、書かれた台詞や物語に対して、様々な感情を込めて声を発していくはずです。人形は、決して、術者が暗記した台詞をしゃべらされているのではありません。別人格をもった、術者にとっての「隣人」が話しているのです。ですから、皆さんは、人形の台詞は、「覚えたら忘れる」必要があるのです。加えて、人形の動きも同様です。人形は、感情を込めて台詞を語り、その思いを込めて動くのでなければ、自然な動きにはなりません。ですから、術者の皆さんは、人形を「動かしてはいけない」のです。

術者が感情を表わす

人間の顔というのは、百面相だということをご存知ですか。これは、うまい役者だけが表現できるのではなく、私たちは日常的に、自然に百面相で心の内を表わして会話しているのです。ですから、皆さんが、台本の内容を心を込めて観客に伝えたいと願いさえすれば、自然と声の調子も違ってくるし、顔も身体もそれにふさわしく表情豊かになれるのです。

これまでは、とかく、台詞の言い回しには、「間」とか「強弱」とか、「活舌」とか、「フレージング」とかがある・・・と、技術の羅列を聞いてきたかもしれませんが、それらは、私たちの心の内から湧きあがる感情を抜きにしては、意味をなさないものなのです。是非、人形と共に、感情を自由に表現できるよう、祈り励んでいきましょう。

2019年1月25日

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